sora、sora組のBL漫画制作、お仕事情報や雑記等…
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「僕の楽園」本 with 手描きしおり 作成中

一つお知らせ。長年使ってましたweb拍手を安全面の理由からリンクから外しました。メッセージは今度メールフォーム等をお使い下さい。

夏の祭典に向け、着々と準備を進めています。これはその一つ。手描きのしおりです。同人誌を読みながら、作者の描いた手描きをしおりを挟む。作者の息吹を少しでも感じて頂けるかな〜と。

 

どういう形でお渡しするかはまだ未定です。

真ん中のタバコを吸う男は本庄。これは射手座たってのおねだりで射手座の元に。これを挟んで執筆頑張ってもらいましょう。

 

全員劫。僕楽は巻数がまだ殆ど進んでないので、劫の相手を暗示するお話も絵も極力避けてるため、今回のしおりも殆どが劫です。描き易いってのもアリ。

 

たま〜に西園寺先生がいたり、本庄がいたり、聖司がいたり、仁がいたり…。あんまりわかんないかもしれないけど。私はそう思って描いてます笑。

 

今後も随時twitterにアップします。

 

ー以下、5/5web拍手にコメントを下さった方へres返信。

 

目の保養の美しいイラストとお褒め頂き、正直どのイラストのことかな?と思いながら、見て楽しんで頂けたのなら幸いです。それからweb拍手は安全面からリンクから外しました。今後も色々な作品をお届け出来るよう頑張ります。コメントありがとうございました。

 

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「君の隣には」(旧Hearty Party)シリーズ 再連載スタート

 

お知らせです!あの3人+αが帰って来ました!タイトルは「君の隣には」。相棒射手座がタイトル候補を20以上出してくれた中から私が選びました。

 

この作品は、10数年前から描き始めた本編番外編併せて何百pもある、私が初めて完結まで描いたコミック長編作品です。

 

その後、2度の電子配信の度に改稿を重ね、タイトルもその都度変更した曰く付きの作品で、ずっと追いかけて下さっている方には懐かしい作品ですが、2年前から先に公開してました幾つかの番外編は、本編の進行状況に合わせて順次公開に切り替える予定です。(番外編は本編とは全く関係ありません)


昔の原稿は、今見ると拷問のようですが、その時しか描けなかった味を大切にしたいので、余り手を加えずに今回再連載させて頂きたいと思います。

僕の楽園」同様、たくさんの皆さまに、この長編漫画「君の隣には」を楽しんで頂けたなら幸いです。

 

 

関連記事 : 「君の隣には」(旧タイトル Hearty Party) シリーズ関連記事

 

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「10 DANCE」と「BURN THE FLOOR」のスペシャルコラボ漫画

 

実は昨日、槇原敬之のコンサートに行って、その記事でも書こうかな〜とコンサート会場で貰ったパンフレットをパラパラと見ていたら…

 

ん、ん?目がパンフに釘付けに…

 

こんなところであの「10 DANCE」の杉木&鈴木先生のお二人に会えるなんて。しかも2人のデートって描いてあるし〜。さすが講談社!移籍前の竹書房では、きっと一生こんな仕事はないでしょう。

 

こんなん見たら行きたくなるじゃんBURN THE FLOORの舞台。

 

ということで「10 ダンス」の4巻が5月に早くも発売です!早速予約しちゃいました。講談社に移籍した時は、この作品がどうなってしまうかとやきもきしたけど、もうね、今となってはBLな展開はあってもなくてもいい。この踊ることが死ぬほど好きな2人がダンスしてる姿を見られるだけで満足なシリーズです。未読の方は是非。

 

関連記事 : 「10 DANCE」1~2巻

関連記事 : 「オオカミの血族」

 

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フィギュアスケートを芸術の域にまで押し上げた羽生結弦の舞「SEIMEI」

今更ですが…羽生結弦選手、金メダル2連覇達成おめでとう!

今回も語りが元テニス選手並に熱いです。ウザい方はUターン。

 

まずは4年に一度の恒例の羽生選手イラスト。前回のが全く似てなかったので笑。

睨みつけるような目つきが半端ないコレオシークエンス。よく見ると右足だけで滑っていて左足は浮いていますね絶妙のバランス。

凄かったですね〜フリー演技後の「勝った!」の雄叫び!後のインタビューであの時のことを羽生選手はこう語っています。

 

「自分の感情が爆発したような試合だった。多分、初めてですこういうの。」

 

ここ6〜7年、彼の試合は殆ど見てますが、確かにこんなに感情を爆発させたのを見たのは後にも先にも この瞬間のみ。常に冷静な彼が抑えていた感情を爆発させた、正にその瞬間だったと思います。

 

あの12月のGPシリーズNHK杯での怪我。右足靱帯損傷。大体、靱帯ですから、そんな3ヶ月やそこらで治る怪我ではないんですよ。

 

12月から1月にかけての2ヶ月間、生活は松葉杖。周囲はもちろん絶望的。オリンピック連覇どころか、出場も危うまれ…つか、まず演技やスケート自体が出来るかどうか…そういう危機的状況だったと思います。

 

余り知られていませんが実は彼、物凄く怪我や病気の多い選手です。記憶にあるのは2014年のGP中国杯の6分間練習でのハンヤン選手との激突事故。頭にテープを巻いてのフリー「オペラ座の怪人」の演技は記憶に新しいと思います。

 

余談ですが、あの演技の直後、あの会場内で縫合手術をしたという…。顎は麻酔を掛けて7針、頭は麻酔なしの医療ホッチキスで3針ガンガンガンって!痛そう…。当時を振り返り、地獄のような痛みだったと彼は語っています。

 

もう一枚の羽生選手イラスト。練習着の黒一色の彼の身体のラインが好きなので…。

そんな彼が今回のオリンピックもとい金メダル連覇に向けて自分に下した決断は…試合1ヶ月前から痛み止めを飲んでの氷上練習再開でした。これ、簡単にサラッと書いてますが、ど〜いうことかというと羽生選手本人の言葉で。

 

「痛み止めを飲んでまでやるということは、ケガを治すという努力をしなくなる。また、悪化させる覚悟を決めるということなので。

 

ただ、自分の心の中では どんなに痛くなろうが、この先 動けなくなろうが、絶対にここで金メダルを獲らないといけないという使命感と意思はすごくあったので、全く諦めるという選択肢は浮かんでも来なかった。」

 

泣ける…。

 

おそらく右足だけではなく、他の部分も彼の身体は既にボロボロだと思います。プルシェンコが現役を30歳まで保ったのが奇跡みたいなもんですから。(4年前のオリンピックの時は同じく前日試合練習のジャンプで、手術した腰のネジが完全に飛んでしまい欠場)でも、あの頃はまだフィギュア男子は3回転が主流。今とは全く状況が違います。

 

フィギュアスケートジャンプの着地は体重の5倍のGが掛かると言われています。羽生選手の場合、体重は軽いですが その分、骨に付随する筋肉も多くはない。

 

それでも彼の所属するカナダのクリケット・クラブは他のリンクと違い、氷の下がコンクリートではなく砂。つまり、着地する時の身体に掛かる負荷のGが最も半減する世界でも数少ない練習リンク。これが毎日4回転を何十回、それを6年間となると その差は歴然です。

 

こちらは2年前のSP、FP、合計の3つ同時に世界最高得点を出した伝説のFP「SEIMEI」

この試合後、彼はすぐにオリンピックはこの「SEIMEI」プログラムでいく!と決めたそうです。

 

彼の場合、筋肉や靱帯、筋、骨格、細胞等の身体の構造が全部精密に頭の中に入っていて、どのジャンプや動きも、どこの筋肉や骨や細胞が、どう動いてその動きになるのかを全部頭の中で3Dの俯瞰イメージが出来るそうです。物凄いイメージトレーニング力!だからあれだけの美しい動きが可能なんですね…納得。

 

そう、彼の演技は「美しい」

本当にこの一言に尽きる。

 

特に2シーズン目に入ったこの「SEIMEI」プログラムは「和」の真骨頂。

 

言わずと知れた映画「陰陽師1」のエンドロールに流れる主演及び狂言師である野村萬斎演じる安倍晴明の舞がイメージです。

 

また、このプログラム音楽の編集は羽生結弦本人が行っています。

 

それは、つまり、ジャンプの対空時間、スピンの回転速度、ステップの流れ等の全てが彼の頭の中で「滑っている自分を思い描きながらの音で緻密に構成されている」ということ。

 

また、曲の冒頭は羽生結弦本人の深呼吸する息の音が組み込まれていることは有名な話。

 

更に、そのプログラムを極めるために羽生結弦本人たっての希望で実現した野村萬斎 との対談。実はここで、あの安倍晴明の舞は当時、監督から言われ、その場で創った即興の舞であったことが判明。しかも舞が先で、そこに音楽が後から乗ったと。これは振付け師が当たり前の羽生結弦にとっては、かなり衝撃の事実だったようです。

 

その野村萬斎のアドバイスを踏まえ、最初の左手で陰陽道の印を組むポーズから、右手を天井に向けてスクッと持ち上げる仕草は「天地人を司る」という日本の伝統芸能である能に通じる「和」の意識が組み込まれています。

 

もう一つ、野村萬斎氏がアドバイスしたのは音を聞くのではなく、音を「身に纏(まと)う」こと。フィギュアに限らず、ダンス、舞踏において、音を聞きながら動くと動きがワンテンポずれるそう。なので、音を聞くのではなく纏(まと)うと、その楽曲をまるで自身の身体が奏でているように動き「音楽すらも衣装の一部になる」と氏は彼に説きました。

 

この対談中、野村萬斎の言葉の一言一句が、まるで布に水が染み込むように彼の中に深く沁み入る感じがよ〜く画面から伝わってきました。(おそらくこの対談後から彼の試合に臨む姿勢や意識が180度 変わったと思います。)

 

続けて、華美装飾が一般的な西洋文化の表現と違い、茶の湯しかり、侘び寂びしかり、日本は「省略の文化」であると氏は説きます。そういう西洋にはない「和」の文化意識と彼自身の緻密な構成力、それに伴う身体能力と技術の全てが融合し、今回の「SEIMEI」プログラム総合プロデュースに繋がったのではないかと思います。

 

上記を踏まえ、プルシェンコが今回の彼の偉業を「彼はフィギュアスケートのレベルを1人で押し上げた」と語っていますが、それは「フィギュアスケートを芸術の域にまで押し上げた」という意味ではないかと私は思います。

 

実はこの対談後すぐ、非公式ですが、野村萬斎が羽生結弦の練習するスケートリンクを訪れ、演技振り付け指導を行ったらしいのですが、その詳細は未だ明かされていません。(野村萬斎は演出家でもあり、また大学の客員講師でもあります)

 

野村萬斎、羽生結弦、陰陽師、安倍晴明(厳密には、岡野玲子著の漫画「陰陽師」の安倍晴明)全部が私の「好き」のキーワードなので是非この対談の第二弾を切に願います。

 

 

…今後、彼の進退が問われるところですが、もしかすると彼はもうスケート競技は出来ないかもしれない。(アイスショー等は出るかもしれないけど)あれだけスケートを好きな彼が、ボロボロの身体に鞭打って、痛み止めを飲み、身体に嘘をついてまでして獲りに行った、オリンピック金メダル2連覇の大偉業。

 

 

最後に…ただ、ただ「お疲れ様」と私は言いたい。

 

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JUGEMテーマ:男子フィギュアスケート

「少年の名はジルベール」

またも24年組の記事です。多分また熱いです笑。ウザい方はスルーで。

 

泣きました。この本読んで。久々にわんわんと声を出して。堪らない本当に。

 

刊行されたのは一昨年ですが、たまたま去年見つけて読みました。

 

私はご存じの通り萩尾望都のファンなので、竹宮恵子が書いた漫画ではなく本にはそれほど興味はなかったのですが、そこは便利な密林レビューですよ。すると大泉サロンの全貌が明らかになっていると書かれていたので、これは読みたい!とポチッと。

 

もうね…ヤバイ。涙腺崩壊。何だろうこの感情は。

 

大泉サロンという名とは裏腹に、実際には古いボロボロのアパートの、たった四畳半のコタツ部屋。ここから壮大な夢が広がったんですね〜

 

そしてあの頃はどんな時代で、少女漫画界の裏で、どんなことが起こっていたか、その一部始終が部屋の絵付きで赤裸々に明かされています。

 

日本の漫画史において歴史的史実を残すという意味でも大きな役割の一冊。

 

まずね、私、すごく誤解してた部分があって、私が思い描く竹宮恵子の印象が「萩尾望都に嫉妬してる野心家の少女漫画家」だったのが、この本を読んで180度ひっくり返りました。

 

そう、読んでみてわかったのは「実は竹宮恵子が萩尾望都の才能を一番理解していた」ということ。

 

また、その才能を彼女自身 理解すればするほど、自分を苛んでいくスランプという地獄の様な苦しみを抱えてゆきます。その苦しみは自律神経失調症にまで発病。当時、その病名はまだなく、竹宮恵子は悪夢にうなされながらも、あの狭い大泉サロンで日々漫画を描き続けました。その壮絶さは筆舌に尽くし難いほどです。

 

実際、大泉サロンは2年足らずで崩壊。竹宮恵子自身がその終了ボタンを押します。

 

萩尾望都はちょうどその頃、ポーの一族「メリーベルと銀のバラ」を執筆中。一緒に住みながらも萩尾望都は竹宮恵子のその苦悩さえ全く知らず、どんどん名作を発表してゆきます。山岸涼子、一条ゆかり、坂田靖子、ささやななえ、花郁悠紀子、波津彬子、佐藤史生…と、色んな大物少女漫画家の名前が飛び出します。

 

ただ、この大泉サロンの発起人は当時、萩尾望都の友人だった東京在住の増山のりえ氏。竹宮恵子著「変奏曲」原作者、また「風と木の詩」の続編小説「神の小羊」(全3巻)の著者でもありますが、実際は竹宮恵子の初期作品、特に「ファラオの墓」と「風と木の歌」の共同原作者でもあり、今で言うところの竹宮恵子のブレーンでありプロデューサーであった最重要人物です。

 

(余談ですが、以前私が「ポーの一族」の二次創作をしたいけど、ご本人はどう思うのか聞いてみた人物は この方です。その時の話はこちら

 

その彼女が「少女漫画界で革命を起こす」という壮大な青写真を描き、自宅の斜め前にあった2階建てのボロアパートに竹宮恵子と萩尾望都を呼び、それが後に「大泉サロン」と呼ばれる場所になります。つまり増山氏がいなければ24年組も大泉サロンも存在しなかったということ。

 

(竹宮恵子は大泉サロンにいる頃、この増山氏に相談しないと漫画が描けなくなっていたこと、また、作品のクレジットに増山氏の名前を入れるよう何度も提案をしますが、当時の少女漫画界において、原作者付きは一段格下で見られる為、増山氏自身が断固として拒否したことが、この本には書かれています。

 

増山氏は竹宮恵子のことを「無欲の人」と言ってますが、のちに何百万部も売上げた漫画のクレジットに入らないという増山氏も同じく「無欲の人」と言えると思います。だからこそのムーブメントですね)

 

竹宮恵子はある日ふと浮かんだ「風と木の詩」の構想を、電話で8時間に渡り延々と この増山のりえに語ったというエピソードは有名な話。(大泉サロンで萩尾望都と住む前です)

 

更にこの本には、当時の少女漫画界では絶対的にタブーだった男性同性愛の物語「風の木の詩」を描く為にはどうしたらいいかを7年間考え続け、あらゆる出版社、編集者にこの「風と木の詩」の構想を描いたクロッキーノートを見せて回ったこと。最終的には、新しい男性担当者が「アンケートで1位が取れたら、それがどんな作品でも僕が連載させます!」と確約し、その1位を取るための作品として「ファラオの墓」を連載開始したことが詳細に綴られています。

 

つまり少なくとも「ファラオの墓」「風と木の詩」の2作品は(クレジットはなくとも)竹宮恵子と増山のりえとの二人三脚で、それも全て口述による二人の打ち合わせにより生まれた作品であることも、この本には書かれています。

 

また、当時の少女漫画は担当者が全て成人男性のため、読者である少女の求めるものを理解出来るはずもなく、よって内容の打ち合わせなどは殆どなく、ただページ数やテーマのみで原稿を依頼されたことなどの当時の内情等も。変な介在がなく作家の個性がダイレクトに読者に届いた時代だったのかもしれませんね。

 

だから普及の名作がポンポン生まれたのかも。

 

(そ〜いえば、トーマの心臓を描く際に、男性担当者が萩尾望都の元にベルばらを持参して「こういう大河ロマンものをかきましょう!」と意気込んで語ったというエピソードも笑。)

 

ファラオの墓、ベルばら、エースのねらえ、ポーの一族、トーマの心臓等の名作は、1〜2年から数年の連載で書かれており、少女漫画も当時は週刊連載が主流だった最もスピードのある時代。だからこそ生まれた「時代の奇跡」だったのではないかと思えるのです。

 

(余談ですが…実は読んでて、この竹宮恵子と増山のりえとのやりとりが、何だか今の私と相棒とのやりとりにちょっと似てるなと。普通なら このやり取りは編集者と漫画家が繰り広げるものですが、ただ、出版社側の思惑の入る隙がない身内内の口述での打ち合わせですし、お互いの視点が全く違うので、口論しながら新しい第三の視点が生まれることもしばしば。もちろん、彼女達がそうだったかどうかはわかりませんけどね。

 

彼女のライフワークになる作品「風と木の詩」のためにあらゆる手段を講じるあたりの、二人の壮絶な努力と演出やそのやりとりが、今の私達の作品「僕の楽園」と少し重なって…

 

そう言えば以前 相棒が「劫って、ちょっとジルベールに似てるよね」と言った言葉が私の脳裏に浮かびました。)

 

実際には上位アンケートを取ることを竹宮恵子が初めて意識した「ファラオの墓」の連載が、彼女に心から漫画を描く喜びと楽しみを教えてくれた最初の作品となり、そこから彼女はスランプを自力で脱してゆきます。その力強さたるや…

 

そこからの彼女の大活躍ぶりは周知の通りですね。

 

↑その後、京都精華大学マンガ学部に招かれ、教師として教鞭を取っていた竹宮恵子が、もしかすると参考書として書いたのではないかな?と思われる一冊。(あくまで憶測ですけどね)

 

本作はアナログでの漫画の描き方が中心に書かれていますが、それ以外にも大泉サロンのことやシナリオの事など色々載ってますが、やっぱりこの人、凄い!よくよく読むと創作の極意がサラリと随所に書かれています。

 

紫綬褒章取っただけのことはありますね。なんというか「見えてる」。そう、見えてる。この人には。他の人には見えない何かが。だから漫画だけじゃなく、小説を創作する人にもオススメの一冊です。

 

↑言わずと知れた竹宮恵子代表作「風と木の詩」の後日談の小説「神の小羊」(全3巻)。のりす・はーぜは増山のりえ氏のペンネームです。絶版で特に最後の3巻がずっと入手出来ずでしたが、今回、竹宮恵子画業50周年を記念して復刊ドットコムから3冊復刊されます。気になる方は今しか入手出来ませんので是非。

 

今回この2冊の本に触れ、なんかとてつもないパワーを頂いたような気持ちです。それはあの大泉サロンに集った、まだ無名の少女漫画家たちの若い躍動感あふれる時代のエネルギーの一端に触れることが出来たのかもしれません。ご興味のある方は是非。

 

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